「越前、部活行こうぜ」

「ウィース」


いつもの様に桃先輩と部室に向かったら、珍しく引退した3年生達が居た。

…勿論、恋人の国光を除いてだけど。


「先輩達!珍しいっすね♪」


大歓迎と言わんばかりの桃先輩の台詞に、英二先輩はにゃははって笑顔を向けた。


「俺達、特待で決まってるからねー。他の奴等みたいに切羽詰ってないから、暇で暇で」

「英二…そんな事言ってるけど、一応必要最低限の学力は必要なんだよ?」


にっこりと微笑む不二先輩に、英二先輩はぶすっとした。


「俺だってそれぐらいの頭はあるもんね!」

「クス…。あれ?大石が居ないね」

「さっき職員室に呼ばれてたよ。何だか急用みたいだったなぁ…」


心配そうな河村先輩を他所に、他の3年達は着替えを始めた。


「桃城部長、俺達も打っていいかな」


部長を強調する乾に、桃先輩は慌ててた。


「も、勿論っすよ!先輩達の練習見れば、他の部員もやる気出しますし!」


…懐かしい、風景

こうして皆でワイワイ話して、皆で練習して…

懐か、しい………


「わわっ!おチビちゃん、何で泣いてるんだよ〜;」

「な、泣いてない!」


口ではそう言っても、止め処なく溢れてくる涙。

どうしたんだろ…変だな。

悲しくなんてないのに…。


「越前…あれから手塚から、連絡あったかい?」

「…………」


首を、横に振った。

電話もなければ、手紙も、メールもない。


「…そう。アイツ…何をやってるんだか…」


少し怒気を含んだ、不二先輩の台詞。

本当、今何をしてるんだろう…。


「皆、今手塚の所から連絡があったんだけど…!」


珍しく焦って、走って来る大石先輩。

何事かと皆が視線を向けた。

大石先輩は俺が居る事に気付いて、一瞬躊躇した。


「大石先輩…言って下さい」

「そ、そうだな…。実は、手塚が車に撥ねられたらしい…」

「にゃ!?」

「おいおい…それでどうなったんだ…?」


嘘でしょ…?国光が…。


「怪我自体は大した事ではないらしい。…足を折ってしまったようだが…完治は一ヶ月程らしいよ」

「一ヶ月か…その程度なら、内臓は大丈夫だったんだね」


不二先輩の台詞に、大石先輩は大きく頷いた。


「かなり運が良かったみたいだ。当たり所によっては、下半身麻痺の可能性もあったみたいだから…」


皆が口々に良かった…と呟く中、俺は壁を思い切り拳で殴った。


ダンッ!!


「越前…?」

「…何で…何で俺には連絡してくれないの…?」


確かに国光は連絡してきた。

でもそれは…俺にではなく、『青学テニス部の仲間』にだ。

…俺に知らせてくれた訳じゃない…


「越前…泣いちゃ駄目だよ…」


ふわりと頭を撫でてくれた不二先輩の手が暖かくて…

俺の心配をしてくれる先輩達の優しさが嬉しくて…

何だか、悲しみなのか嬉しさなのか判らない涙が流れた。


「俺…待ってるべき…なんすか…?」


押し殺した声。

誰でも良かった。何か答えて欲しかった。


「越前が選ぶべきだよ…。辛いなら、断ち切ればいい…」


答えてくれたのは不二先輩だった。

断ち切る…この想いを…?


「手塚が、そうしたようにね…」

「「「不二!!!」」」


他の先輩達から、非難の声が上がった。

…そうだ、国光は俺の想いを断ち切った。

だから…こんな状況なんじゃないか…


「有難う御座います、不二先輩…」

「…ごめんね、厳しい事を言っちゃったね」

「いいっすよ、ホントの事っすから」


何事も無かったように、俺はラケットを握った。


「さ、先輩達。…試合、やりましょ?」


にやりと笑って、帽子を深く被った。

国光を見返す為には、強くなるしかない…。


「お、生意気おチビ復活〜♪」


そう言ってコートに入る英二先輩。

他の先輩達も、俺が立ち直ったのを見て、コートに入ってきた。


「さ、練習始めるぞー!」


桃先輩の掛け声に、練習が始まる。

…昔が懐かしいけど、今も十分良いじゃん。

何も、後悔しない。…何も、求めない。


「越前、あの時の試合の続きをやろうか?」

「不二先輩…、俺の逆転で終わらせますよ」


にっと笑って、俺達はコートに入った。

全てを忘れて、ボールに集中する為に……。